
少し前までアンダーグラウンドやインディーズで活動していた若きアーティストたちが、サブスクやSNSのバイラルをきっかけに次々とメインストリームへ躍り出ている。彼らは「グローバルシチズン」としての現代の感覚を代弁し、これまで「無料イベント」が当たり前だったベトナムに、お金を払ってライブへ行く「推し活」カルチャーを根付かせた。
この劇的なムーブメントの背景で、長きにわたりベトナム音楽産業の発展に貢献し、数々のトップスターを世に送り出してきたHuy Tuấn氏。
急速に国際基準へと進化するライブインフラ事情から、インディーズ発のアーティストたちが自力で千人規模のショーを成功させる理由、そしてV-POPが世界へ羽ばたくための「次なる一手」まで、V-POPのリアルを聞いた。
ーー映像コンテンツやSNSが全盛の時代ですが、一方で「ライブ・エンターテインメント」の熱量もベトナムで急速に高まっているように感じます。インフラやテクノロジー、ステージ演出といった現場の裏側は、ここ数年でどのような進化を遂げているのでしょうか?
Huy Tuấn氏:ここ5年ほどで、ベトナムのイベント開催におけるプロセス、インフラ、テクノロジー、そしてステージ演出の表現手法は、かつてと比べて劇的に変化し、今や国際基準と比較しても全く遜色ないレベルに達しています。
ベトナムにはあらゆる分野に才能あふれる人材がいますが、以前はライブエンターテインメント産業を支えるインフラが非常に限られていました。しかし、この5年で状況は一変しました。
例えば現在では、大規模なショーの監督、音楽ディレクション、運営の全てをベトナム国内のプロデューサーや制作会社が自力で完結できるようになっています。
さらに、以前はインフラの制約から海外のトップアーティストが世界ツアーの開催地にベナムを選ぶことは少なかったのですが、現在ではインフラが整備され、来場者を満足させられる環境が整ったことで、ベトナムが重要な公演地の1つとして組み込まれるようになっています。
今後数年で、この傾向はさらに飛躍的に発展するでしょう。なぜならここ1,2年に関しては、大企業やベトナム政府が、文化産業を単なる「娯楽」としてではなく、新たな時代の経済成長を牽引する重要な「基幹産業」として本格的に位置づけ始めたからです。
現在、国際基準を満たすインドアアリーナや劇場の建設など、インフラへの体系的な投資が全国的に進んでおり、空間デザインや演出の質も向上しています。大規模なイベントからインドアの小規模イベントまで多様な展開が始まっており、ベトナムの文化産業にとって非常に輝かしい未来が待っていると確信しています。
ーーこれまでに数多くのスターやヒット曲を生み出してこられましたが、今注目しているベトナムのアーティストは誰ですか?
Huy Tuấn氏:現在のベトナムには、非常に多才で急成長を遂げている若い世代のアーティストたちがいます。彼らの多くは3〜5年前まではアンダーグラウンドやインディーズシーンで活動し、あまり注目されていませんでしたが、近年インディーズのムーブメントから一気にV-POPシーンのトップスターへと駆け上がりました。
具体的には、Phùng Khánh Linh、Grey D、Mỹ Anh、Vũ Thanh Vân、Phương Mỹ Chiといったアーティストたちが挙げられます。
彼らの素晴らしい成功は、単にイベントに呼ばれてギャラをもらうだけでなく、自分たちの力で単独のライブショーを主催し、千人以上の規模でチケットを売り上げている点にあります。かつてのベトナム市場では、揺るぎないトップスターにしか成し得なかったことを、この若い世代が自ら実現しているのです。彼らはより現代的な音楽言語を持ち、「グローバルシチズン」として自分たちの世代の声を代弁しています。
その結果、若者だけでなく全世代を惹きつけ、これまで「無料イベント」が主流だったベトナム市場に、「お金を払ってコンサートに行き、推し活をする」という全く新しい消費文化を生み出しました。この変化は、ベトナムの音楽シーンの未来において非常にポジティブで楽観的な要素だと捉えています。
――ベトナム国内で文化産業が経済成長の原動力と期待される中、V-POPを国内のエンタメから世界へ輸出する産業にするために、最も重要なことは何だと思いますか?
Huy Tuấn氏:最も重要な鍵となるのは、基礎からしっかりと構築された「育成システム」です。
現在成功しているスターたちの多くは、才能ある個人の並々ならぬ努力や探究心、そして自己資金による自主的な活動によって今の地位を築いています。しかし、V-POPを国内市場から世界へ輸出する産業へと発展させるためには、個人の力に頼るだけでなく、より体系的な組織づくりが必要です。
単に才能を発掘して終わるのではなく、スターを育成するための専門的なプログラムを提供し、卒業後も彼らがパフォーマンスできる環境を整え、継続的にコンサルティングやサポートを行う体制が不可欠です。以前、私たちが関わったタレント発掘番組でも、コンテストが終わった後の継続的なサポートが課題として残りました。
これらを実現するには、政府の文化部門や大企業といった大きな組織が、次世代の才能に対して本格的かつ体系的な投資を行う必要があります。才能を磨き上げ、市場に送り出し、持続的にサポートする確固たる育成システムが構築されて初めて、私たちが望むような真のブレイクスルーが生まれると考えています。
――現在、東南アジア全体でライブコンサート市場が急成長に変化していますが、ベトナム国内のライブコンサートビジネスが抱える構造的な課題(チケット販売やインフラなど)や、今後の成長の鍵となる要素についてどう見ていますか?
Huy Tuấn氏:周辺諸国と競争する上で、最大の課題となるのは間違いなく「インフラ」です。
これまでベトナムでのコンサートは、空き地やスタジアム、体育館などを一時的に利用して仮設ステージを組むのが主流でした。音楽文化や本格的なライブパフォーマンスに特化して設計された、国際基準を満たす劇場やインドアアリーナといった専用の会場が圧倒的に不足していたのです。
しかし、この5年でインフラの重要性が前向きに認識されるようになり、状況は大きく改善されつつあります。現在、各地で大規模なインドアアリーナや国際基準の劇場が同時進行で建設されており、会場全体の整備にはまだ少し時間はかかりますが、世界レベルのエンターテインメントを提供できる基盤は着実に整ってきていると確信しています。
ーーHue Wonderverseは2030年まで毎年開催されるプロジェクトとして、初年度はまず入場無料のイベントとして開催されますが、来年からのチケット制移行予定に伴い、オーディエンスが求めるものも変わってくると思います。アジア全域で大型フェスが乱立する中、フエ発のフェスブランドとして勝ち抜くために、今後数年間でどのように進化、差別化させていく計画でしょうか?
Huy Tuấn氏:これは、フエ市が独自の「文化ブランド」を創出するための非常に画期的な一歩です。
ベトナムの文化産業を発展させる上で、各都市が独自のIPを持つことが求められていますが、フエ市はその先駆者と言えます。既存の国家的な祝祭に依存するのではなく、全く新しい独自の文化ブランドを生み出そうと前向きに挑戦しています。
独自の音楽スタイルを確立し、定着した観客を獲得するには時間がかかりますが、すべてが無料であれば文化産業は発展できません。政府関連の事業で有料化に踏み切るのはハードルもありますが、チケット販売による収益をクリエイティブや制作側に再投資することで、イベントの質は飛躍的に高まり、他のフェスとの明確な差別化が可能になります。
ご存知の通り、王宮があるフエには豊かな世界遺産があり、何もしなくても観光客は訪れます。しかし、フエ市の行政は非常にダイナミックで、遺産を単なる「過去の物語」として終わらせるのではなく、現在の都市に「新しい文化遺産」を創り出し、歴史の新たな1ページを紡いでいきたいと情熱を注いでいます。このフェスティバルが独自の文化として真の成功を収めるまでには最低でも5年の時間が必要ですが、私たちは確実な一歩を踏み出しています。
ーーオープニングのパフォーマンスがとても良かったのが印象に残っています。
Huy Tuấn氏:今回のフェスティバル全体のコンセプトが「古き良き伝統遺産と、現代の音楽言語との対話」です。昨日のオープニングパフォーマンスは、まさにその「対話」を体現したものでした。
フエには既に数多くの素晴らしい遺産が存在しています。だからこそ、過去の遺産をそのままにしおくのではなく、「現代的なアプローチで何を掛け合わせ、どう対話させるか」が重要なのです。これこそが「Hue Wonderverse」ならではの特徴であり、他にはない際立った差別化のポイントです。
ーーまた来年もこのようなパフォーマンスが見られるのでしょうか?
Huy Tuấn氏:はい、フエの伝統遺産や歴史は、たった一つのカテゴリーで語り尽くせるものではなく、無数の文化的な物語が存在しています。ですから、毎年異なる文化の物語をピックアップして開拓していくことができます。
1993年、ドイツにて幼馴染のAnh Quânと共にバンド「Anh Em」を結成。1997年に帰国後は国民的歌姫Mỹ Linhの数々のヒット曲を手掛け、アルバム『Tóc ngắn』(1998年)やクラシックの名曲を現代のR&Bスタイルに昇華させた『Chat với Mozart』(2004年)などを大ヒットさせ、ベトナムの音楽業界に革命をもたらした。
プロデューサーとしても、2004年にHồ Ngọc Hàのデビューアルバムを手がけて彼女をスターダムへと押し上げたほか、Uyên Linh、Văn Mai Hươngをはじめ、Sơn Tùng M-TP、Vũ Cát Tườngなど、現代のV-POPシーンを牽引する数多くのスターを発掘・育成。ベトナムを代表する音楽監督としても名高く、『Vietnam Idol』などの主要番組や、大規模音楽フェス『Hozo International Music Festival』で手腕を発揮している。直近では、人気歌手Tóc Tiênが『Eurovision Song Contest Asia 2026』へ参戦するための代表曲選考プログラム『The Sound of Vietnam』で音楽監督を務めるなど、30年以上のキャリアを通じてベトナムの音楽を形作ってきた「パイオニア」として絶大なリスペクトを集めている。
さらに、日本との関わりも非常に深く、日本の「ベトナムフェスティバル」の熱狂を裏で支えるトップアーティスト招聘のキーマンでもある。
2008年に開催された「第1回ベトナムフェスティバル」にMỹ Linhのスタッフとして来日した際、日本側で演奏を担当したAKI氏と出会う。彼の圧倒的な音楽的才能と妥協のない姿勢にAKI氏が深く感銘を受けたことを機に、国境を越えた18年にも及ぶ親交がスタート。現在、日本のベトナムフェスティバルに数多くのトップスターが出演できている背景には、日本側で奔走するAKI氏の熱意と、それに呼応して母国のアーティストをコーディネートするHuy Tuấn氏の強固な信頼関係があり、日越の音楽・文化交流を牽引する力強い架け橋としても、多大な貢献を果たしている。