公開日 2026年1月13日 最終更新日 2026年1月13日

ベトナム音楽シーンにおいて、長らく「インディーズのミューズ」として知られていたJuky San。活動開始から6年という月日を経て、彼女はついに自身の音楽キャリアの集大成となる1stフルアルバム「Đẫm Tình」をリリースした。
本作は、これまでの彼女のパブリックイメージを鮮やかに塗り替え、一人の成熟した女性アーティストとしての覚醒を告げる重要な一作となっている。
アルバムタイトルである「Đẫm Tình」が示す通り、本作はJuky Sanという一人の女性が経験した「愛」のあらゆる側面を、11の楽曲を通して描き出している。かつては自身のプライベートを語ることに慎重だった彼女が、今作では「愛し、傷つく勇気」をテーマに掲げ、自らの内面を鏡に映し出すような極めてパーソナルな表現に挑んだ。
楽曲の構成は、恋に落ちる瞬間の高揚感を官能的に描いた「Lại động lòng」から始まり、相手を想うがゆえの葛藤や、愛を認めることへの恐怖といった複雑な感情を辿っていく。そして物語は、深い喪失感を乗り越え、自分自身を癒やしていく「Ta cùng nhau quên niềm đau」へと繋がり、聴き手は一枚のアルバムを通して、一人の女性が愛によって成長していくグラデーションを追体験することになる。
本作の特筆すべき点は、Juky San自身が全収録曲の作詞・作曲を担当し、制作のあらゆる工程において主導権を握った「セルフプロデュース作品」であることだ。かつて安定した歯科医という道を捨てて音楽の世界に飛び込んだ彼女にとって、この挑戦は「もしここで踏み出さなければ、自分の可能性を知ることはできない」という不退転の決意の現れでもあった。
この彼女のクリエイティビティに対し、ベトナムを代表するプロデューサーのJustaTeeは、本作のハーモニーやアレンジの洗練さを「非常にモダンで理知的である」と高く評価。単なるシンガーに留まらず、自身の世界観を音楽的に構築できるクリエイターとしての才能を、本作で見事に証明してみせた。
アルバムに彩りを添えるのは、現在のベトナム音楽シーンの最前線を走るゲストアーティストたちとの化学反応だ。特に注目を集めているのが、人気番組「Em Xinh “Say Hi”」での共演をきっかけに実現したLiu Graceとのコラボレーション。二人の個性が溶け合うボーカルワークは、アルバムに現代的なエッジを加えている。
さらに、圧倒的な支持を得るラッパーのNegavやĐào Tử A1Jの参加により、楽曲に深みのあるリズムと多様性が生まれ、アルバム全体の完成度を一段上のステージへと引き上げた。
Juky Sanは本作を「これまで感情の種を蒔き続けてきた私の、収穫の季節」と表現している。6年間という歳月は、単なる準備期間ではなく、彼女が真に自分自身の言葉で歌うために必要な「痛み」と「癒やし」を積み重ねる時間だったのだろう。
「Đẫm Tình」は、過去の可憐なイメージを脱ぎ捨て、痛みを抱えながらも前を向く強さを手に入れた、アーティスト・Juky Sanの新たなマニフェストだ。V-POPの枠を超え、一人の表現者としての自立を刻んだこのアルバムは、聴く者すべての心に、深く、優しく寄り添うだろう。